最近の例会風景 大原はだか祭り(2024・9・23)



参加した会員の方からのコメント 2024・10・16 下総国分寺、尼寺、国府跡他
市川国分寺ほか
1 KMさん 心配していた天気も問題なく、楽しいひと時を過ごせました。ありがとうございました。
特に印象に残った個所についての一言コメント、下記の通りです。
市川駅タワー最上階:ボート漕ぎをやっていた者として川には格別の愛着あり、ここから見た江戸川の流れに大満足でした。金光明四天王護国之寺:今までただ下総国分寺と呼び習わしていましたが、今後寺社参拝の際の参考になります。弘法寺:里見八犬伝ゆかりの名がついた「伏姫桜」。最近、里見氏ゆかりの城址・史跡巡りを楽しみにしていますので、来年しだれ桜の頃再訪しようと思います。千葉商科大学:発掘現場の写真には驚きました。イタリアポンペイ遺跡のようでした。
2 KIさん 名所の多い市川の一角をなす国分・国府台地区を巡り、市川の魅力を堪能することができました。 最初にアイリンク展望台から街全体を眺望することで、下総国府の地勢を把握することができました。国府台の台地の西には江戸川が流れ、往時には船が往来し、南には往古の道があり、交通、物流の要衝地であったことがよくわかりました。
帰路の途中、市川公民館で壁画を見ることで、手児奈霊堂の脇まで入り江が入りこんでいたといった古代の様子への理解が一層深まりました。そうした往時の状況下で、東海道がどこを通っていたのか、上総国府からスタートした更級日記の作者がどういうルートで下総国府へ入ったのか、ますます興味が深まりました。
下総の国分僧寺と尼寺の旧跡は、その造営が当時の朝廷の威信をかけた大事業であったことを思い知らせるものでした。下総の国分僧寺の特徴は、金堂の西に七重塔がならび、背後に講堂が位置するという法隆寺式の伽藍配置と、宝相華文という国際色豊かな屋根瓦にあるとのことでしたが、規模的にも上総や武蔵の国分寺に匹敵する造営であったことがうかがえました。多額の造営費用をどのように捻出したのか、高さ60メートルにも及ぶ塔をどのような技術を使って建造したのか、あらためて1300年近く前の当時の様子に思いを馳せました。 また、国分寺はどこも「国府から近からず遠からず」のところに建てられたとのことでしたが、心臓破りの坂を上がって国府があった付近とされる総合運動場から国分台地の森を眺めることで、その謂れを実感できました。
国府台の台地の南端に位置する弘法寺は、静かな広い境内の中にも威厳が感じられる重厚な印象を受けました。仁王門の中央に掲げられる「真間山」の字は弘法大師の筆(伝)とのことで、長い歴史を感じさせるものでしたが、弘法寺には、書跡、画、写経、古文書類など、多くの文化財が所蔵されているとのことで、文化の街を象徴する存在でもあるのでしょう。
また、最後に訪れた手児奈霊堂も古代へと振り返りをさせる寺院でした。真間に伝わる感動的な伝説が高橋虫麻呂や山部赤人といった万葉歌人に歌われ、都人にまで紹介され、共感を呼んだというのは何かロマンを感じさせ、国道14号へと続く「万葉のみち」はまさに市川ならではの文学の散歩道であることを実感しました。
今回の探訪で歴史の街、市川の魅力にひかれました。市川にはさらに多くの史跡があるとのことですので、市川考古博物館や歴史博物館を訪れるなどして、さらに市川について知ることができればと思います。 最後になりましたが、今回の実り多い例会を企画いただいた幹事の方々、ならびに懇切な説明をいただいたボランティアガイドの方に感謝いたします。
以上